2012年05月19日

行ってきました、志海苔館♪

中世の北海道には、本州からの渡ってきた人たちが結構いたみたいで。
だから、函館エリアの地名は「ワタリシマ」とかいて「渡島(おしま)」と言うんですね♪

ほんで、現在の上ノ国町と福島町を中心として、東北の安東水軍の流れを汲む蠣崎氏(かきざきとよびます)が統治していました。
この蠣崎氏と、アイヌの反乱を抑えた武田信広さんの子孫が松前氏となり、松前藩の藩主となります。
松平と前田から一文字ずつとり、松前と名乗ったんですが、本来は蠣崎氏です。

…って、どうでもいいけど、今でも松前は「前田さん」という苗字の方は多いですね。
北海道には「蠣崎」という苗字の方も多いです。

話が脱線しましたが(ぉぃ)、志海苔館には、南北朝の騒乱で敗れた南朝の兵士が暮らしていたようなのですが、アイヌの反乱が起きて館は陥落し、その後は廃棄され、使われていなかったみたいです。
この時のアイヌの反乱は11あった館(お城と思っていただけたら)のうち、9個が落ちて、2個だけが持ちこたえた…という大規模なものだったらしいです。

これを平定したのが名門、甲斐源氏の流れを汲む武田信広さん。
松前氏には、地味に源氏の血が流れているという…。
そして、上ノ国八幡宮のお守りにも、思いっきり武田菱(武田家の家紋)が使われてます。

この間、志海苔館跡に行ってきました(*^m^*)
上ノ国の勝山館もそうなんですが「ここは海からの侵略だったら確実に事前に発見できるな」という立地条件でした。
…安東水軍の傍流だっただけに当たり前って気もしますが(^-^;

対して、陸から攻められた場合は…「見通しが利くのか、ここ?」と思えるような場所でした。
実際に陸からの攻撃でここは陥落してますし。
勝山館は「海から攻め込まれても陸から攻め込まれても、ここなら対応できるな」と思えるような場所だっただけに、ちょっと考えてしまいました。
場所が場所だけに、「アイヌの反乱がここまでくる」ってことは想定していなかったのかもしれませんね。
昔、湯の川温泉のところでも難所だったという話なので…。


なにはともあれ、志海苔館から見る景色はとっても気持ちがよく。
さらに飛行場の近くでもあるので離陸する飛行機がばんばん見えて結構楽しかったです♪
「観光地」ってわけではないですが、こうした歴史を見るのも、楽しいものです。



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2011年09月07日

やっぱりすごいぜ、せたな町

kinaの中で最強に楽しい町、せたな町(^-^;
この町は、大臣をふたりも出してしまいました!!

ひとりは、ロッキード事件で有名な佐藤孝行。
もうひとりは、今回の野田内閣で入閣した、鉢呂吉雄さん。
このおふたりは、せたな町の太櫓というところの出身でございます。

地味にすごいぜ、太櫓。

まぁ、太櫓といっても小さな町ですが、現在せたな町には温泉もいくつもありますし、ホタテはおいしいし、乳製品もなかなか…(*^m^*)
風力発電も盛んです♪

そんなせたなに遊びに行きませんか?

旅ならるるぶトラベル

ここならレンタカーも借りられますよ♪
posted by kina at 15:16| Comment(0) | ヒストリー

2010年04月10日

長万部の星

いきなりですが、駒大苫小牧(略称:駒苫)が初優勝したとき、そりゃあ北海道は大騒ぎでした。
北海道新聞は見開き4ページを使って記事を書くわ、「どさんこわいど」という北海道のローカルエリアのワイドショーにも監督・選手が出るわ…。

…道の駅の店員さんも、最小限の接客はしてましたが、みんな高校野球に釘付け。
もちろん、お客もそんな店員を許して高校野球に見はまる…という事態に陥ってました(^-^;
そして、そんな忘れられない一こまのお話。

ちょうどあの日、kinaと家族は雷電すいかが有名な共和町に「かかし祭り」というお祭りを見に行ってました。
がんばれば、実家から日帰りできるんですよo(^-^)o
…で、朝の5:00から用意して、コンビニでおにぎり買って…と。

そして、長万部駅でトイレを済ませることになり、寄ったところ…

なんと駅の前に大きな垂れ幕があって
「長万部町出身○○君、決勝おめでとう、がんばれ!!」

びっくり(・・;)。
…多分、その日と次の日は長万部は大変なことになっていたと思います(^-^;
その○○君はレギュラーで、甲子園でも活躍してましたからね♪

後日。
どさんこワイドに駒苫のみなさんが出演しまして、その○○君にもインタビューが入ったところ、司会の明石英一郎さんが
「長万部のみんなが見ているよ!!」って。

その時、すっごい思いました。
「○○君、君は長万部の星だ!!」と。

どうしても、長万部にはこういうネタが似合いそうな気がするのはkinaだけでしょうか?

ちなみに、2度目の優勝の時には函館の棒二森屋で館内アナウンスで皆様にご案内し、3回目の決勝の時には、かかし祭りで司会のジャンボ秀勝さんがスター、にしきのあきらを差し置いて、駒苫の試合状況をみなさまにお伝えしてました(^-^;

…ああ、ものすごい北海道ネタでごめんなさい…。
posted by kina at 09:53| Comment(0) | ヒストリー

2010年03月05日

せたな町の太田神社

太田というところに「太田神社」という神社があります。
太田は、とっても景色がいいところです。
江戸時代、円空というお坊さんが太田で何体も仏像を造ってらっしゃいますが、その気持ちが良くわかるようないい景色。
kinaはものすごく大好きなんですが、行くのがかなり大変。
その上、勾配60°のなが〜い階段を上り、さらにほどんど道がついてないようなところをロープ使って1時間ほど登って、やっと太田神社の本殿にたどりつきます。
…といっても、洞窟なんだけど。
ここは松前藩主のご先祖様と関係がある場所なんですよ。
もともとは「オオタカムイ」と呼ばれるアイヌの神様がいらっしゃって、松前藩主のご先祖様、武田信広さんが船の帆を下ろしてお参りしたという記録があります。
確かにこの景色を見たら、帆を下ろしたくもなるって。
この神社は大正時代だったと思うけど一度失火で全焼してしまい、その後は猿田彦命、つまり天狗の神を祀ってます。
天狗?海なのに天狗?
…実は、太田から南、江差までの日本海側で神社のお祭りで海の神様に扮する方がいるんですけど、海の神様はみんな天狗の格好をしてるんですよ。
う〜ん、ちょっとミステリーです。

この神社は、うちのままによると「ものすごい険しい山を登る神社なんだけど、落ちた人はいない。神様が守ってくれるからだ」とのこと。
受験をされる方にはオススメしたい…と言いたいところですが、「ここを登るくらいなら、勉強をがんばった方が身のためだと思う」と正直そんなことを思いたくなってしまいます。
そして、6/27と28日に「おみわたり」という、神様が船で海を渡るお祭りがあります。
…行ってみたい〜。

太田は釣りのメッカでもあります。
釣り好きの方、一度どうぞ♪
きっと景色のすごさに圧倒されると思います。
posted by kina at 10:55| Comment(0) | ヒストリー

2010年02月26日

ベストオブキャッチフレーズの町、せたな

せたな町は、いいふりこきの純ちゃんのおかげで大成町、北桧山町、瀬棚町が合併して「せたな町」になってしまいました(>_<)。
今回は合併前の瀬棚のおはなし。

ある夏の日、当時函館に住んでいたkinaは島牧村に行こうとして瀬棚の町をドライブしていました。
そして、前から気になっていた立象山(りっしょうざん)のキャンプ場に寄り道しました。
それはいい景色で、道南最高峰の狩場山、ロシアのナホトカも見え、そしてkinaはとってもおいしい瀬棚町産のソフトクリームを食べてました。
「夏はマリンスポーツも格安で楽しめる…なんて素晴らしい町なんだ、せたなは」
心からそう思ってました。

そこに、ふとポスターが目に留まったのでよくよく見てみました。
すんばらseaパラダイス瀬棚」と。
若干フリーズして、そばにいたキャンプ場の管理の方に「これ、なんですか?」と聞きました。
そしたら「これも見てください」と言われてみたら…


「いや〜ん、ばか〜んす」
と。

ホント、手に持っていたソフトクリームを落としそうになりました。
もちろん、その日の頭の中は「いや〜ん、ばか〜んす
瀬棚町のイメージは「景色」でも「海の幸」でも「マリンスポーツ」でも「ソフトクリーム」でもなく「いや〜ん、ばか〜んす」になってしまったことは言うまでもありません。

後日談。
そのことをラジオ番組に投稿したら、パーソナリティの千葉ひろみさんがたっぷりの情感をこめて「いや〜ん、ばか〜んす」とやってくれました(^-^;

千葉さんによると、札幌の地下鉄の広告にこの「いや〜ん、ばか〜んす」があるとのこと…。

それは宣伝になるのか、逆宣伝状態なのか、未だにkinaにはわかりません…


でも、せたなは海産物がとってもおいしいです。
ソフトクリームもおいしいし、マリンスポーツも格安に楽しめる。
ぜひとも、せたな町に足を運んでみてくださいな。
きっと、とても楽しい旅になると思います。
posted by kina at 12:33| Comment(0) | ヒストリー

2010年02月21日

江差追分と南校おきあげ音頭

江差で思い出したので、こんな昔話を。

今はなくなってしまいましたが、江差は高校が2つありました。
ひとつが今もある「江差高校」。
もうひとつがなくなった「江差南高校」(南校)。

この江差南高校では体育祭に伝統行事として、女子は「江差追分」「江差餅つき音頭」、男子は「南校おきあげ音頭」を踊ります。

kinaは男子の「南校おきあげ音頭」が好きだったなぁ。
船に使う「櫂」を使って踊ります。
男子は確か180cmくらいある櫂を振り回して踊るんです。
それが波のようにずれて動いていく、本当に勇壮な踊りです。

「江差追分」も「南校おきあげ音頭」も、皇太子様が国体で江差にいらっしゃった時に献上したくらい、由緒ある踊りなのよ♪
この伝統は、おそらく江差高校に引き継がれたことと思います。
どうか、このふたつの踊りを見ることがあったらぜひみてください。
特におきあげ音頭の勇壮な、躍動感ある踊りに心動かされると思います。
posted by kina at 06:52| Comment(0) | ヒストリー

2010年01月18日

道南の歴史〜知内町

今ではすっかり「牡蠣の町」「さぶちゃん出身の町」ってことになっている知内ですが、とっても歴史のある街です。
ここが記録の中では一番最初に開けたようですね。
知内の隣の福島町に「大千軒岳」という山があるんですが、ここは金鉱山なんですよ。
金が採取できたの。今は採り尽くされたみたいだけど。
(後にはキリシタンが50人ほど殺されてるんですけどね…あ、殉教っていうのか)
金を採取するシャモたちが本州から渡ってきて、その人たちが形成した町が福島や知内なんです。
ただ、この町はアイヌとシャモとの抗争でシャモの大多数が殺されました。
そんな中、アイヌに助けられたシャモの神官一族が生き残って、知内という町を再度作り上げました。
大野さんという神官で、今でも子孫がこの神社の神主さんだったりしますo(^-^)o
「雷公神社」と言います。

この話は、やはりこの神官の子孫の方から聞きました♪

※シャモ:アイヌ人ではない日本人(今の日本人だと思ってくだされ)
posted by kina at 18:05| Comment(0) | ヒストリー